Kokoro

こよみのこころ

なぜ冬至の日に集まり、毎年つくり直し、千年先まで続けたいのか。日比野克彦さんの言葉と、残っている記録から。

枠で囲んだ引用は本人の言葉で、媒体名と日付、原文へのリンクを添えています。それ以外の文章は、記録をもとにこのサイトで編集したものです。

1なぜ、冬至の日なのか

一年でいちばん夜が長い日。長良川の鵜飼が終わり、川が静かになる冬に、岐阜の人が集まる場所をつくる。「こよみのよぶね」は、暦の上の一点である冬至を、人間の都合で動かさないところから始まっています。

夜が最も長い冬至の日にやることが大事。だから、人間の都合でずらさない

日比野克彦 HIROBA!「“場のチカラ”を信じることが、アートプロジェクトを魅力的にする!」(2016年12月12日)

日比野さんは同じインタビューで、土地が持つ長年の歴史を「場のチカラ」と呼び、「この場所で、この瞬間でなければできないもの」を手掛けたいと語っています。長良川という場所と、冬至という時間。その二つが重なる一夜が、この行事の芯です。

12月船と川面の映り込み
12月船と川面の映り込み撮影 2024年

2なぜ、毎年つくり直すのか

行灯は、竹と和紙でできています。冬至の夜に川を巡ったあと、その場で和紙をはがして解体し、翌年の左義長で火に還します。翌年また、はじめから竹を組み直す。効率だけを考えれば残しておけばよいものを、毎年つくり直すのはなぜか。

もし来年までとっておけば「つくらなくていい」という状態になり、地域のみんなが集まる機会がなくなってしまう

日比野克彦 HIROBA!(2016年12月12日)

はじめの年は、そう簡単ではなかったようです。同じインタビューで日比野さんは、最初は人集めが本当に大変で、集まったのは5人ほどのチームだったこと、新聞記事を見て来た女性がお餅を差し入れてくれてうれしかったこと、試しに流した「8」の行灯が橋にぶつかって上のほうが折れてしまったこと、舟を漕ぐのは鵜舟の船頭さんに頼んでいるが、行灯を載せると重心が上がって鵜飼のときとは勝手がまるで違ったことを話しています。

最初は本当に人集めが大変で

日比野克彦 HIROBA!(2016年12月12日)

つくることが、人が集まる理由になる。公式noteの最初の記事も、この行事を「ものを作ることをきっかけに人が集まる」活動として紹介しています(note「はじめまして。『こよみのよぶね』です。」2022年9月1日)。1から12の数字と干支の行灯は、毎年、さまざまな地域の市民グループがそれぞれ担当し、数か月かけてつくっています。同じ月の船でも、年によってかたちも色も違うのはそのためです。

子どもたちが和紙に色をのせる
子どもたちが和紙に色をのせる旧公式ブログ(2006〜2011年頃)の写真。撮影年・担当の船は特定できていません
夜の川辺。行灯からはがした和紙と竹の骨組みを、雨の中で片づける人たち
冬至の夜、川を巡ったあとの骨組みを片づける記録映像からの静止画。年は確認中

月の船から、歴代の制作チームをたどる

3一年の想いを、舟に託す

1月って、何してたっけ。2月は、3月は。一年をひと月ごとに振り返り、その月の想いや、言い残したこと、やり残したことを小さな短冊「こよみっけ」に書く。集めた札は当日、1月舟から順に「すぎ山」前に接岸した舟へ「こよみっけ渡しの儀式」として手渡され、舟に載って川を流れます。そして翌年の左義長で、行灯の和紙といっしょに火に還ります。

あなたの過ごした十二ヶ月は、どんな毎日でしたか?

この問いかけは、サイトの最初に置いてある言葉であり、川辺で行灯を見送る一人ひとりへの問いでもあります。

僕は川や船を、時間の経過や流れていくものを表す象徴として捕らえています

日比野克彦 六本木アートナイト2013「日比野克彦 × 伊東豊雄」(2013年)

「こよみっけ!!」の案内(2007年の資料)

4千年先へ、受け渡していく

「こよみのよぶね」は2006年に始まりました。千年の歴史がある祭りではありません。千年続けたい、と願って毎年つくり直している行事です。長良川の鵜飼には1300年の歴史があります。それに並ぶまで続けようという意志が、はじまりのころから語られてきました。

1300年の鵜飼の歴史、それに負けないくらい千年続けるつもりでがんばっていきたい

公式note「はじめまして。『こよみのよぶね』です。」(2022年9月1日)に記された言葉

2011年、東日本大震災の年のリーダーを務めた庭師の親方・古川乾提さんは、「千年つづくお祭りにするんだ」という日比野さんの言葉を、東北の水辺に行灯を浮かべたときに思い出したと書いています(とうほくのこよみのよぶね、2016年特設サイト)。

千年は、誰か一人が背負うものではありません。今年の一枚の札に十二か月を書くこと、ワークショップに一日だけ手を貸すこと、冬至の夜に川辺へ来て見送ること。小さな参加が毎年重なっていくことが、続くということです。「こよみっけ!!」に書く、制作に参加する。

受け渡していくために、このサイトは年度ごとに記録を積み重ねています。資料が集まっていない年度もまだあります。当時の写真やチラシをお持ちの方は、記録の提供からお知らせください。

関わる人の声

確認できている記録から。新しい取材は、集まり次第ここに加えます。

  • 行灯を舟に取り付ける職人チー⁠ム

    2011年、津波に襲われた街に庭師のチームで通いながら、その年のリーダーを引き受けた古川乾提さん。「こよみのよぶねは美しい その水にうつる景色は美しい」と、東北の水辺に行灯を運んだ経緯を書き残しています。

    出典:2016年特設サイト「親方のコメント」(2016年1月20日)。本文の抜粋はこちら

  • 岐阜県美術館のアー⁠トコミュニケー⁠ター「〜⁠ながラー⁠」

    2023年度は、干支行灯の制作、「こよみっけ!!」の場づくり、広報の3チームに分かれて参加。冬至の当日は設営と巫女・付き人役を担い、翌1月14日の左義長で行灯が火にくべられるところまでを見届けています。参加者は「それぞれ得意分野で担当となり、できる事を形にしてこれた」と振り返っています。

    出典:岐阜県美術館 2023年度 実践ゼミ「地域資源と〜ながラー」

  • 市民の制作チー⁠ム

    2025年の「明後日新聞」20周年号外には、各月の行灯をつくったチームの取材記事が載っています。

    出典:明後日新聞 20th Anniversary 号外(PDF・1.3MB) 2025年の記録

子どもたち、舟に関わる人、長年関わってきた人の言葉は、これから取材して加えていきます。お話を聞かせてください